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2009.07.23

青木龍山考 その1 

青木龍山展を見て衝撃を受けました。
私は、創作活動はしませんが、おそらく製作の技術があったとしても、青木龍山さんが作られてきたような品は作れないと思いました。その理由としては、この展示にあった作品群は、エネルギーや生命力に溢れていたからです。我々世代には(私だけかもしれませんが)そこまでの生命感や生命としての力強さは持ち合わせていないと感じます。
青木龍山さんは、なぜそこまで力強さが溢れる作品を作れたのか、創作活動の意欲の源は何であったのかを考えてみようと思いました。

まずは、生い立ちを調べてみました。

年譜 九州陶磁文化館 青木龍山回顧展 冊子より抜粋
1926 大正15年 8/18 有田に生まれる。
1933 昭和8年 7歳 4月 小学校入学
1939 昭和14年 13歳 小学校卒業
1943 昭和17年 17歳 佐賀県立有田工業学校図案絵画科校卒業
1951 昭和26年 25歳 多摩美術大学日本画家卒業 
           法政大学第二高校、法政大学女子高校・中学校の教諭として勤務
1953 昭和28年 27歳 帰郷し創作活動開始
           有田陶磁器コンクールで1等受賞
1954 昭和29年 28歳 有田陶磁器コンクールで知事賞受賞
           第10回日展に染付「花紋」大皿を初出品し入選

とまぁ、ここまで書いてみて気付きましたが、
大学卒業し、就職、帰郷後すぐに作家としての存在感を感じられます。徐々に力量をつけて、頭角を現していったというわけではなさそうで、創作活動を始めた当初から、かなりの存在感を発していたようです。
若い時点で、創作に対するエネルギーや技術はかなり高かったと想像されますが、
若い間に何があったのか。
そこに、青木龍山の秘密がありそうだとですね。

昭和という時代がどういう時代であったかおさらいしてみます。

リンク: 昭和 - Wikipedia.

多摩美大の歴史も参考に・・・

リンク: 多摩美術大学|沿革.

そもそも多摩美大とはどんな校風なんでしょう・・・

リンク: 多摩美術大学 - Wikipedia.

自由な校風で、先駆的な試みや教育・・・

疑問を解く大きな鍵が大学時代にあるように思いました。

大学の卒業年が昭和26年という事から計算して、
第二次大戦後まもなくの頃の大学入学という事が考えられます。

多摩美大の歴史からも、
1946年 溝ノ口工場(元軍需工場)を借り入れ、学生募集を行う。入学試験を実施。開校、授業を再開する。

とありますので、戦後の焼け野原からのゼロからの復興というその場に青木龍山さんは、多感な大学時代を過ごしたのでしょうね。

作品から感じられる生命力や、力強さは、ゼロからの復興という躍動感。磁器に天目釉や、有田にはなかった、荒々しいタッチでの絵付けや構図は、大学の自由で先駆的な校風による影響が大きく影響しているのかもしれないと思いました。

なかなか奥が深そうです。今日はここまで。

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コメント

青木龍山氏は芸術を極めた方です。
従三位を贈られています。
本当に苦労人で、苦労によって感性は磨かれると思われていたそうです。
孤高の陶芸家でした。

自由人さん。コメントありがとうございます。
冊子を読み始めたばかりですし、わからないことだらけですので、いろいろと教えていただけるとありがたいです。

荒巻喬さんの著書
「陶心一如」に青木先生の伝記がのっています。
なにかの参考になれば幸いです。

西日本新聞出版です。

自由人さん
ありがとうございます!
絶版で、版元に在庫はないそうですが、何とか入手してみたいと思います。

職人と、芸術家の違いは基本的に職人とは、人類の経験による知識文化の世界を受け継ぐ者達、芸術家とはその世界の外側からのインスピレーション、なんらかの発想をうける人たちとの違いだと思います。
青木先生は本当にすばらしい芸術家でした。

職人と、芸術家の違いは基本的に職人とは、人類の経験による知識文化の世界を受け継ぐ者達、芸術家とはその世界の外側からのインスピレーション、なんらかの発想をうける人たちとの違いだと思います。
青木先生は本当にすばらしい芸術家でした。

青木龍山さんの作品を眺めていると、創作活動を始めたかなり初期の段階から、型破りで、力強さを感じます。晩年才能が開花したというよりは、その才能は早い段階(昭和30年代)から開花していたように感じます。
昭和後期、平成生まれの人たちには持ち合わせていないみなぎる力を感じるんですよね。
その創作意欲の源になったものはなんだろうと思うんですよね。

天賦の才能でしょう。
作家の才能とは生み出す力。
職人の才能とは受け継ぐ力。

「生きる力」なのかもしれません。

>作家の才能とは生み出す力。
この視点から作品を見てみると、青木龍山という方は、規格外にすごい方なんだなぁと思います。

例えば、青木龍山さんが、今の時代に30代だったと想像した時に、
僕らと同じようなものを食べたり、テレビ番組見たりして育ち、青春時代を過ごし、大量な情報を浴びながら過ごしたとして、
閉塞感溢れる現代において、龍山さんが昭和30年代に作られたような、型破りで、力強い作品を作れたのだろうかと思います。

頭の中でまとまっていない事を文章にするのは難しいですね。

もう少し、勉強してよく考えてみようと思います。

今の私と同じような年齢で作られた作品の
昭和36年の染錦「激浪」等を見ると、
生命力、生きる力では同世代であっても、完全に負けてる感があります。
自分が、小さくまとまってしまっているというか、常識に染まりすぎているというか、そんな事を感じます。

青木龍山さんが、今30代半ばだったとして、「激浪」のような作品を作れたのかということを考えます。

今は森林伐採などでどんどん自然が無くなりつつあります。
と、いうことは作家にとって美しい題材が消えていっているということで、芸大の先生もいっ
ていましたが、今からの芸術家には受難の時代だそうです。

そういう時代ですからね。
でも、そういえば
情報の入手が容易になった事と、
過去に比べて安価で海外に行ける 等など。
そういう部分については、過去のどんな時代よりも優位性はありますね。

海外のお客様へ直販できるというのも昔には考えられなかった事ですよね。
言葉の壁というものは大きいですが、大きな可能性があるような気もしますね。

情報の伝達が容易になったことで、今職人の世界になにがおこっているか?
徒弟制度の実質的な崩壊です。
かといって、技術の伝承がなくなるわけではなく、他の一門の技術と融合し、切磋琢磨されるなかで、より素晴らしい技術、伝統が生まれつつあります。

コメントありがとうございます。
有田の職人さんという外部から見ると伝統的なお仕事に見える業界でも、
時代は大きく変わっているようですね。
今までどおりやっておけばいいという時代ではなく、個人個人が何を考え、何を目指し、どう行動するかが問われているようですね。
私もがんばろっと!

インターットの普及によって、情報のベクトルが、縦から横に変化したことがかなり大きいです。
インターネットをつかいこなす世代と、そうでない世代とで「情報格差」が生まれつつあります。

「縦から横」これは、確かにいえますね。遠く離れた自由人さんとも日々こうやってコミュニケーションがとれるのも、
インターネット普及以前の社会では考えられなかった事ですからね。

それと、なんかブログ明るくなりましたね。
いまの方がいいですね。

ありがとうございます。
和のテイストで、ラグジュアリーで、伝統が感じられ、色気もあるってものを探していましたが、ありませんでした。(笑)
隠れキャラ的なカエル君が気に入っています。

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