利休とモダニズム
顔砂・・・カオスな脳内整理・・・・
モダニズムの本質ってなんでしょう??
産業革命以降、王侯貴族の文化に対し、市民の文化を見つめなおした時に、当時の人々は根本のが誓うって事を実感したのだろうと思う。
これは、我々の文化ではないって感じで・・・
権威、伝統、保守、常識、無駄な装飾 を疑う ??
特に、権威を疑う って意味で考えると、
利休の目指したものと、モダニズムが意味するものは そう遠く離れていないような気がする。
ただ、その後、現代に至るまで、利休スタイルが権威になっちゃったのは、モダンとは離れている気がする。
それほど、千利休という人が完成させたスタイルが素晴らしかったというか、素晴らしすぎて、あとに続く人が大変すぎたのかもしれない。
利休スタイルが神格化されずに、相対的なポジションにあれば、お茶の世界はもっと躍動的だったのかも・・・
エラソーなこと書いてすみません。
お茶をたしなんだ事のない私が考える事ではないのかもしれませんが・・・
権威的でなく、無駄な装飾はそぎ落とすけど、温かみは残っている・・・
王侯貴族文化と、無機質の狭間・・・
催事前の値段付けからの現実逃避でした・・・
つっこみどころ満載だと思いますのでどんどんつっこんでください。
即答はできないかもしれませんが、可能な限りお返事いたします。
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コメント
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この利休というひとの「わびさび」の概念はとても日本の文化に影響を与えました。
あまりに偉大すぎてほかの人がかすんでしまうのは、良い点と悪い点があったと思います。
この「わびさび」という概念は本来は「陰陽和合・自然のバランス」をとることだと思います。
もともとは能楽師「世阿弥」の概念で、「翁の舞は若々しく、鬼の能は柔らかく舞うべし」という考えを茶人が取り入れ、利休が大成しますが、最近はこのような概念を忘れ去られているような気がします。
投稿: hiro | 2010.06.27 14:41
ありがとうございます。難しいですね~
自分の中で、わび・さび って何? ってところがぽっかり抜けていました。
今までちょっと敬遠していた感じはありますが、
やっと、わびさびの事を考える時になったのかなとも思いました。
またいろいろと教えてください。
投稿: 渕上清志 | 2010.06.28 10:18